目次
治療までの経緯
患者様は、右下6番の内側に違和感を訴えて来院されました。口腔内を診査すると、舌側歯肉に発赤が認められ、一部に限局した深い歯周ポケットが存在していました。また、その部位からは排膿も確認されました。これらの所見から、歯根破折が強く疑われる状態でした。

さらにCT撮影を行い画像診断を行ったところ、舌側の歯槽骨が限局的に吸収しており、炎症が骨にまで及んでいることが確認できました。原因を精査するために装着されていたセラミックを除去し、歯肉縁下の状態を直接確認したところ、残念ながら歯根に破折線が認められました。
限局した深い歯周ポケットや排膿、そして特定部位のみの骨吸収は、歯根破折を疑う重要なサインです。しかし、初期の段階ではレントゲンだけで診断することが難しい場合も少なくありません。そのため、CTによる三次元的な診断や補綴物を除去しての直接確認が必要になることがあります。

今回は診査・診断を進めた結果、保存が困難な歯根破折と診断し、抜歯が必要な状態であることを患者様にご説明しました。
患者様には現在の状態と今後考えられる治療法について詳しくご説明しました。今回の右下6番は2根歯であったため、治療の選択肢としては大きく2つありました。
① 破折している近心根のみを抜去し、遠心根を保存する方法(ヘミセクション)
破折している近心根のみを摘出し、残った遠心根を利用して歯を維持する方法です。歯を残せる可能性がある一方で、すでに大きな負担がかかっている歯であるため、長期的な予後には限界があります。10年以上の維持は難しいかもしれませんが、条件が良ければ5年前後は機能できる可能性があることをご説明しました。
② 残存している遠心根も含めて抜歯し、インプラント治療を行う方法
問題のある歯根をすべて抜歯し、インプラントによって機能を回復する方法です。外科処置は必要になりますが、長期的な安定性という観点では有力な選択肢となります。
患者様は十分に悩まれた結果、まずは歯を残す方向を希望され、ヘミセクションを選択されました。そこで破折していた近心根のみを抜去し、残った遠心根を利用して仮歯を装着しました。しばらくその状態でお食事をしていただき経過を観察しましたが、「痛みではないものの違和感がある」「食事のたびに気になってしまう」とのことでした。

実際には残った歯根に大きな問題は認められませんでしたが、一度トラブルを経験した歯は患者様にとって精神的な不安が残ることがあります。また、機能的にも以前と全く同じ状態に戻るわけではありません。
そのため患者様は再度検討された結果、「今後も気にしながら使い続けるより、長期的な安心を優先したい」と考えられ、残存していた遠心根も抜歯し、インプラント治療へ移行することを決断されました。
歯科治療においては、単純に歯を残すことが正解とは限りません。もちろん天然歯を保存することは非常に重要ですが、その歯が患者様の生活の質(QOL)を下げてしまうのであれば、別の選択肢を検討することも必要です。「歯を残すこと」も重要ですが、さらに大切なことは「患者様が快適に食事をし、安心して生活できること」です。今回の症例は、ヘミセクションによる保存治療とインプラント治療の両方を十分に検討したうえで、患者様ご自身が納得して最終的な治療方針を選択された症例でした。
インプラント埋入
いよいよインプラント埋入手術です。今回の症例でポイントとなったのは、破折していた近心根(手前の根)の影響によって、その周囲の骨が大きく吸収していたことでした。
通常、このような状態では抜歯後に骨の治癒を待ってからインプラントを埋入する方法も選択肢となります。しかし、十分な骨の再生を待つ場合、治療期間は半年程度かかることが予想されます。
一方で、今回保存されていた遠心根(後ろの根)の周囲には十分な骨が残っており、インプラントの初期固定を得るために必要な骨量は確保できる状態でした。そこで、抜歯後の骨の状態を詳細に評価したうえで、遠心側に残存している良好な骨を利用してインプラントを埋入する方針としました。
もちろん、近心側の骨欠損はそのまま放置するわけではありません。炎症の原因となっていた歯根はすでに除去されているため、時間の経過とともに周囲の骨は自然な治癒過程をたどり、徐々に再生していくことが期待できます。
インプラント治療では、「今ある骨」だけを見るのではなく、「今後どのように骨が治癒していくか」を予測しながら治療計画を立てることが重要です。今回はCTによる術前診断とシミュレーションを行い、将来的な骨の回復を見越した位置にインプラントを埋入しました。その結果、追加の大きな骨造成を行うことなく、十分な初期固定を獲得した状態でインプラント埋入を完了することができました。
骨の欠損がある症例では、「骨が治るまで待つ」という選択肢だけでなく、「残存骨を有効活用しながら将来の治癒を見越して埋入する」という考え方もあります。適切な診査・診断と治療計画によって、治療期間を短縮しながら良好な結果を得られることも少なくありません。今回の症例は、その一例といえるでしょう。

このように、歯を抜いた当日にインプラントを埋入する治療を抜歯即時インプラントと呼びます。一見すると「歯を抜いて、そのままインプラントを入れるだけ」と思われるかもしれません。しかし実際には、通常のインプラント治療よりもはるかに高い診断力と経験が求められる治療法です。
- 抜歯後の骨はどのように治癒していくのか。
- 炎症によって失われた骨はどこまで回復するのか。
- 歯肉はどのように再生し、最終的にどの位置に落ち着くのか。
- インプラントをどの深さ、どの角度、どの位置に埋入すれば、数か月後に理想的な歯肉形態と補綴形態を獲得できるのか。
これらを予測しながら治療計画を立てる必要があります。そのため、経験が少ない場合は安全策として段階的な治療を選択することが一般的です。例えば、
- 抜歯後に半年待って骨の治癒を確認する
- 骨が不足していれば骨造成を行う
- 骨造成後さらに半年待つ
- その後インプラントを埋入する
- インプラントと骨が結合するまで3〜4か月待つ
- 最終的な被せ物を製作して装着する
という流れになります。さらに歯肉移植などの軟組織マネジメントが必要になると、治療期間は1年半近くに及ぶことも珍しくありません。
もちろん、このような慎重な治療計画が悪いわけではありません。症例によっては段階的なアプローチが最善の選択となることもあります。しかし今回の症例では、CTによる詳細な診断と抜歯後の治癒予測を行った結果、残存骨を利用した抜歯即時インプラントが可能であると判断しました。
そのため、後ろの歯根を抜歯した当日にインプラントを埋入し、治癒期間を大幅に短縮することができました。結果として、抜歯からわずか2か月余りで最終的なセラミックの被せ物まで装着することができ、患者様にも大変喜んでいただくことができました。
仮歯(プロビジョナルレストレーション)でテスト

インプラント埋入後、約1か月が経過し、インプラントと骨との結合が順調に進んでいることを確認した後、仮歯の製作へと移行します。当院では従来の型取りではなく、口腔内スキャナーを用いてデジタル印象を行います。スキャンデータをもとに仮歯を製作し、インプラントへ装着します。
この仮歯は単に歯が入るまでの「仮の歯」ではありません。最終的なセラミックを成功へ導くための非常に重要な役割を担っています。
まず一つ目は、噛み合わせの確認です。実際にお食事をしていただきながら、噛む力のかかり方や違和感の有無を確認します。特にインプラントは天然歯と異なり歯根膜が存在しないため、適切な咬合調整が長期的な安定性に大きく影響します。
二つ目は、見た目の確認です。歯の長さや幅、周囲の歯との調和、笑った時の見え方などを確認し、患者様のご希望も伺いながら最終的な形態を決定していきます。
そして三つ目が、最も重要な役割ともいえる歯肉の形態形成(ティッシュマネジメント)です。インプラント周囲の歯肉は、仮歯の形によって大きく変化します。仮歯を調整しながら歯肉を理想的な位置へ誘導することで、天然歯に近い自然な歯肉ラインやエマージェンスプロファイルを形成していきます。特に前歯では非常に重要な工程ですが、奥歯であっても清掃性や長期的な安定性に関わるため、丁寧な調整が必要です。
このように仮歯を一定期間使用していただき、
- 噛み合わせに問題がないか
- 違和感なく食事ができるか
- 見た目に満足していただけているか
- 歯肉の状態が安定しているか
を確認します。これらの条件がすべてクリアできた段階で、いよいよ最終的なセラミックの製作に入ります。
仮歯はゴールではなく、理想的な最終補綴物へ導くための設計図のような存在です。十分な検証を行ったうえで最終補綴へ移行することで、機能性・審美性・清掃性を兼ね備えた、長期的に安定するインプラント治療を実現することができます。
最終的なインプラントのセラミックセット

後ろの歯を抜いてから2か月ちょっとでインプラントの被せ物(セラミック)を入れることができました。

当初は色々と悩みましたが、やはり今後の人生を考えた場合、食事を楽しみたいので、インプラントにして良かったと喜んで頂きました。
今回の患者様は、当初からインプラント治療に興味がなかったわけではありませんでした。しかし、インプラントを第一選択にしなかった最大の理由は、「手術が怖い」というお気持ちだったそうです。実際、多くの患者様が同じような不安を抱えて来院されます。「手術と聞くと怖い」「本当に大丈夫なのだろうか」「失敗しないのだろうか」。そのような不安は決して特別なことではありません。
今回の症例では、治療方法としてブリッジという選択肢もありました。しかし、ブリッジを行うためには両隣の健康な歯を削る必要があります。また、失った歯は1本であっても、ブリッジでは前後の2本の天然歯で3本分の咬合力を支えることになります。そのため支台歯への負担が大きくなり、長期的には虫歯や歯根破折、歯周病などのリスクが高まる可能性があります。
一方でインプラントは、失った歯の部分だけで独立して機能することができます。周囲の歯を削る必要がなく、咬合力もインプラント単独で支えることができるため、機能面や長期的な予後という観点では非常に優れた治療法です。
もちろん、すべての症例でインプラントが正解というわけではありません。しかし今回の患者様の場合は、周囲の歯の状態や将来的な安定性を考慮すると、インプラントが最も合理的な選択肢であると考えられました。
そして治療がすべて終了し、最終的なセラミックを装着した後、患者様から「最初は怖かったけれど、インプラントを選択して本当に良かったです」というお言葉をいただくことができました。治療を担当する立場として、これほど嬉しい言葉はありません。
私たちが目指しているのは、単に歯を作ることではなく、患者様が再び不自由なく食事を楽しみ、安心して生活できる状態を取り戻すことです。その結果として、このようなお言葉をいただけることは何よりの喜びです。
もちろん、インプラント治療は被せ物を装着したら終わりではありません。むしろ本当のスタートはここからです。今後は定期的なメインテナンスを通じて、
- インプラント周囲の歯肉の状態
- 噛み合わせの変化
- 清掃状態
- 周囲の天然歯の健康状態
- レントゲンによる骨の状態
などを継続的に確認していきます。インプラントは適切なメインテナンスを継続することで、10年、20年、さらにその先まで長く機能することが期待できます。


今回の症例も、治療の成功だけで終わるのではなく、これから長期的に快適な状態を維持できるよう、しっかりとサポートしていきたいと思います。
ドクターからのアドバイス
インプラント治療が怖がられる理由
初めてインプラント治療を受ける方にとって、不安や恐怖を感じるのはごく自然なことです。実際にこれまで何千人もの患者様とお話ししてきましたが、インプラントに対して不安を感じる理由として、次のようなものがよく挙げられます。
- 痛そう
- 知り合いがインプラントをしてとても痛がっていた
- 知り合いが大きく腫れたと聞いた
- 体の中に金属を埋め込むことに抵抗がある
- 金属アレルギーになりそうで心配
- 膿んだりしないか不安
- なんとなく嫌、気持ち的に受け入れられない
もちろん他にもさまざまな理由がありますが、意外に多いのが「知り合いから聞いた良くない話」です。一般的に、悪い評判は良い評判よりも4〜5倍広がりやすいと言われています。しかし、それだけではなく、実際にインプラント治療には難しい側面があることも事実です。
なぜインプラント治療は難しいのか
そもそも天然歯は、非常によくできた組織です。天然歯には「歯根膜」というクッションのような組織が存在し、噛んだ時の力を適度に分散してくれます。また、神経や血管が存在するため、虫歯や炎症が進行すると痛みやしみる症状として危険信号を発してくれます。さらに歯そのものも絶妙な硬さを持っており、長い年月をかけて噛み合わせに適応していきます。
つまり天然歯には、
- 力を逃がす機能
- 異常を知らせる機能
- 周囲組織と調和する機能
が備わっているのです。そのため、歯科医師としては可能な限り天然歯を残すことを第一に考えます。しかし、
- 歯根が破折してしまった
- 重度の歯周病で骨が失われた
- 残存歯が少なくなった
- 保存が困難になった
このような場合には、歯の代わりとなる治療が必要になります。そこで登場するのがインプラント治療です。
インプラントは「人工の歯根」
インプラントは単純にネジを埋める治療ではありません。天然歯が本来持っている機能を、人工的に再現しようとする治療です。そのためには、
- インプラントを支える骨の量と質の評価
- 必要に応じた骨造成
- 適切な太さや長さの選択
- 理想的な埋入位置の設定
- 長期的な噛み合わせの設計
- 清掃しやすい補綴物の設計
- 歯肉の形態のコントロール
など、多くの要素を考慮しなければなりません。インプラントが長持ちするかどうかは、手術当日ではなく、その何年も先を見据えて設計できているかどうかで決まります。
なぜ失敗やトラブルが起こるのか
インプラント治療は、歯科医師免許を持っていれば行うことができます。しかし、「できること」と「高いレベルで行えること」は別の話です。インプラント治療には外科的知識、補綴学的知識、歯周組織に関する知識、咬合理論など、多くの専門知識が必要になります。
十分なトレーニングを受けずに治療を行った場合、
- インプラントの位置が不適切
- 骨の評価不足
- 噛み合わせの設計ミス
- 清掃性の悪い被せ物
などが原因となり、トラブルにつながることがあります。そのため、インプラント治療を行う歯科医師は継続的な学習と研鑽が欠かせません。
インプラント治療を受ける際に大切なこと
インプラント治療を検討される際は、費用だけで判断するのではなく、
- 十分な診査・診断を行っているか
- CT撮影を活用しているか
- 治療計画について詳しく説明してくれるか
- インプラント治療の経験や症例実績があるか
- 治療後のメインテナンス体制が整っているか
といった点を確認することをおすすめします。
インプラントは怖い治療ではなく、「正しく行えば非常に優れた治療法」です。もちろん天然歯に勝るものはありません。しかし、天然歯を残せない状況になった時には、再びしっかり噛める生活を取り戻すための非常に有効な選択肢となります。
だからこそ、インプラント治療を受ける際は、しっかりと学び、経験を積み重ねている歯科医師のもとで相談されることをおすすめします。そうすることで、不安を安心に変え、長期的に安定した治療結果につなげることができるでしょう。
治療の詳細
| 年齢・性別 | 40代女性 |
|---|---|
| 主訴 | 右下の奥歯の内側が腫れてきた |
| 治療内容 | 右下奥歯インプラント治療1本 |
| 費用 | インプラント44万円×1本 |
| 治療期間 | 治癒期間3か月弱 |
| リスク・副作用 | 治療後はしっかりとメインテナンスを行わないと歯周病になる可能性があります。 |
【執筆・監修者】

帝塚山Smile Design Clinic(スマイルデザインクリニック)
院長:岩下太一(歯学博士)
ITI日本支部公認インプラントスペシャリスト認定医
オステムインプラントインストラクター 講師
他、所属学会、認定資格多数
当院の院長はインプラント治療を他の歯科医師に教えるインストラクターの指導的立場として歯科界に貢献しております。また世界的に有名なインプラント学術団体ITIのインプラントスペシャリストの認定医でもあります。他院で難しいと言われたインプラント治療でもインプラント大阪では十分に対応できる技術があります。
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